月に帰ったウサギ達
ライオン亜種・紀ノ国屋ぶんの記録 更新日2006年1月6日






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「紀ノ国屋ぶん」 ライオンウサギ亜種♀
我が家に来た日:1998年11月4日
  〜 2006年 1月 6日
  [享年7歳2ヶ月と2日]
今までの体重記録: 

我が家で一番最初に迎え入れたウサギで
ウサギのイメージを根底から覆された存在でした

迎え入れた当初は大人しく..
それが半年を越える辺りから生意気になり
メスウサギでもカクカクすることが判明し
不正咬合の手術を2度経験し
牧草嫌いから牧草好きへと食の嗜好が変わり

ライバルだったまぶるに対して、さほど敵対心を
むき出しにしなくなりました

6歳を越えた辺りから、再びリビングでの生活をさせようと「お座敷ウサギ化計画」を発案
散歩の時間、他のウサギ達と同じ部屋でなく
リビングで過ごすことを試しに行っていました

今年は常時リビングで過ごせるかな..と思っていた
矢先の死去でした
・紀ノ国屋ぶんのこと

我が家で初めて迎え入れたウサギ、それがこの「紀ノ国屋ぶん」ちゃんでした
通常はぶんちゃんと呼んでいましたね

今の住居に引っ越した時にペットショップで出会った子で
ぶんちゃんから、ウサギの扱い方や特徴、嗜好を色々と教わったように思っています
特に頭の撫で方、抱っこの仕方は彼女からよく「駄目出し」を貰いました

ウチに来たときからトイレは完璧にマスターしていて、とてもキレイ好きな子でした
また自分で爪を噛んで長さを調節する特技も持っていました。
出来れば止めて欲しい特技でしたが..(コチラが爪を切るときに難儀だったのです)

ミニウサギのまぶるとは、彼女のお迎え当初から火花を散らすほどのライバルでした
でも最期の数年前より、スタンピングの応酬もせずにマイペースな性格となりましたね

最期は2006年1月6日のお昼前
動物病院の診察台の上で、看護助士さんの腕から逃げるように一瞬、暴れて
そして静かに息を引取りました..
獣医師の先生による必死の心臓マッサージの甲斐もなく、
その後、息を吹き返すことはありませんでした



・紀ノ国屋ぶんの最期

2006年の初めから具合の悪かったぶんちゃん
動物病院にて、まずは入院し具合が戻ってから処置をする..という手筈でした
ところが、病院に預けたとたんに症状が悪化
病院の診察室にて、息を引取りました..
最期の死目に立ち会う事が出来たのが唯一の救いだったかもしれません

獣医さんにお願いして死因を調べてもらうと、衝撃的な事実が判明しました
ぶんちゃんは腹部にかけて内臓あちこちに腫瘍が転移していました
症状としては末期。よくぞ今まで生きながらえていた..という状態だったようです
獣医さんより、デジカメ画像にて解剖の様子を見せてもらいました
内臓のあちこちに腫瘍のまるい形がビッシリついていました..

ただ、心臓や腎臓は綺麗な形をしており、このことが今まで生きていられたのではないかとのこと
いつごろから腫瘍の病魔に冒されていたのかは分かりませんが
具合が悪くなった年末年始頃ではすでに手遅れであったそうです
ぶんちゃん、そうなるまで隠していたとは..

ぶんちゃんはしんどくなると直ぐに態度で示す子でした
以前、不正咬合で2度、麻酔をかけて歯を削った事がありますが
どちらも、ぶんちゃんから「歯の具合が悪い」との合図から判明したのです
具合が悪くなると、とたんに甘えてきたり、スタンピングをして知らせてくれたり..
今回の病魔の時には、そんな素振りは全く見せませんでした

今年の正月、ぶんちゃんの食欲が細くなりました
これは3日以降に直ぐに病院へ連れて行かなくては..と思っていたら
とたんに牧草をはぐはぐ
なぁんだ、ぶんちゃん食欲あるやん..とひと安心していたのですが
その時には既に腫瘍に冒された体だったのですね

獣医さんからはその時期には既に末期症状で
たとえ開腹しても、何も処置できずに縫合するしかなかったでしょう、と言われました
ぶんちゃんは、自身の最期を悟っていたのかもしれません。

本来なら、食欲なんか既にない状態だったのに、なぜ牧草を食べていたのでしょう..
ぶんちゃんなりに、コチラに気を使ってくれていたのでしょうか
それとも、病院へ行くとはなればなれになってしまうことを嫌がった為でしょうか
どちらにしても、ぶんちゃんの気遣いだったのではないかと、そう思っています

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